2007/01/04 Thu
フィリピンとハーフの息子
フィリピン人。
息子がフィリピン人と日本人のハーフである以上、フィリピン人という言葉は一生忘れることはないと思います。
「フィリピンを忘れたい」と後ろ向きに考えるのではなく、事実を真正面から受け止めて自分の生まれた国、そして「血」というディープな部分でも自信を持てるよう息子を育てなければと思っています。
最近は、「ハーフ」と呼ぶのではなく「ダブル」と呼ぶことがあるそうです。
血が半分ずつ混ざっているという考えから、「血をふたつ持っている」という考えでしょうか。
国籍をふたつ持っているわけだし、ダブルという呼び方の方が本人も自分を委ねやすいかもしれません。
帰国当時は日本語よりタガログ語が優先的に口から発せられた息子ですが、毎日の幼稚園生活で完全な日本語になりました。自分もタガログ語を忘れ始めました。完全に忘れないうちにフィリピンに行こうかと考えたりしています。
息子の出生証明書、NSO発行の出生証明書が今手元にないので、息子がフィリピンのどこで生まれたかを明らかにする書類ですし、これを取得しに行きたい。
そして、現在の妻は日本人です。現在の妻にも息子が生まれた国を知っておいて欲しい気持ちもあります。お互い以前の妻を思い出す事は快いことではないんですが、息子がそうである以上、それを受け止め理解するには訪問するべきではないか?と。
以前の妻がフィリピン人を象徴する人物ではない、フィリピン人だからと毛嫌いするのは間違い。
フィリピンの情景や人、接することで今の家族がさらに理解を深め合えれば良いと思います。
親のいないところで、息子は「フィリピンに行きたい」と言っているそうです。
自分の母親や兄弟を今でも思い出すようです。
今連れて行ったら、母親や兄弟に会えると考えてしまうかもしれません。
会おうと思えば会える、でも今は会うべきじゃない、そう理解できる年頃にいつなるんでしょう。
でも、いずれは家族でフィリピン、行きたいと思います。